浅間山(2568m)登山

第2編:火山館手前〜火山館〜賽の河原

登山年月日 平成18年8月21日 <曇>
同行者 殿川紘史 <単独行>
主要ルート 【8/20】雷電くるみの里(5:15)−>(9:05)湯の丸山頂−>(12:30)湯平湿原(13:30)−>(16:30)浅間山荘駐車場(車中泊)
【8/21】浅間山荘(5:50)〜(6:15)一の鳥居ー>(6:55)ニの鳥居ー>(8:20)火山館(8:50)ー>(9:10)湯平高原ー>(9:25)賽の河原ー>(10:40)浅間山避難壕(11:10)−>(11:50)湯平高原ー>(12:15)火山館(12:50)ー>(13:50)浅間山荘(14:10)−>(19:05)宇都宮自宅
所要時間 【登山】8時間<AM5:50-PM1:50>
【総合】13時間15分<AM5:50-PM7:05>

         浅間山火山館前の「トーミの頭」
      浅間神社鳥居
と警報用スピーカー設備

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 【浅間山登山地図】   【浅間山登山概念図】   【浅間山周辺地図】 

【浅間山外輪山】

「トーミの頭」は浅間山の鋸山、仙人岳、蛇骨岳、黒斑岳と続く外輪山の一番に南にある絶壁であり、その下にはロウソクの様に尖った岩がいくつも林立している奇岩である。ここからはお茶碗をひっくり返した様な山容を持ち、雪を頂いた雄大な浅間山と急峻な岩の鋸山、仙人岳、蛇骨岳、黒斑岳と続く外輪山とその下にある広大な窪地の樹林帯を一望できる。絶景である。

【車坂峠登山口ルート】



 第1部:火山館手前   スライドショー 

「ニの鳥居」を過ぎると樹林帯が消えて、「長坂」に差し掛かり、左手には浅間山の外輪山の一部をなす、険しい崩壊しそうな岩山が複数並列に並ぶ。 地図にある「トーミの頭」はアレだろうか???  
ガスが出始め、視界が悪くなる。 浅間山登山路での視界と雨が心配になり始めた。

「葱坊主」を思わせる円錐形の玉を真上に突き上げる蕾を持つ花・・・・これが開花すると「アザミ」そっくりの花に見える「タクラソウ」である。 アザミと明瞭に違うのは「葉の形状」だ。 蕾に止まる薄い柿色の「トンボ」を撮影。 次に開花した「タムラソウ」を見つけた。 花だけなら殆どの人は「アザミの一種」と信じるだろう。 

左手上に黒い石碑があった。 これが「中開霊神」の石碑だった。 石碑の文字は逆光線の条件か不明瞭だった。 浅間神社に関係する碑だろう。 
       草原に丸い玉?を真上に向く「タムラソウの蕾」と「トンボ」花          「タムラソウ」の花 「中開霊神」の石碑

「ヤマオダマキ」 葉を見るとアザミでなく「タムラソウ」と判る。 「クガイソウ」 「マツムシソウ」 「ヤマハハコ」

「長坂」最後付近では赤褐色の沢が見えて来た。 「浅間山荘」の湯や沢と同じ色・・・・水中に含まれる「鉄分」の酸化した色だろう。 右手背後には急峻な岩塔が見える。 登山地図で「剣ヶ峰」とわかる。 その奥にも同様の岩塔がもう一つ見えた。 先端部はガスの中に半分隠れた状態。 
ルート左手の「トーミの頭」への稜線 右手には急峻な岩塔がガスの中に見える「剣ヶ峰」らしい 「赤褐色の沢」 長坂を辿ると右手の沢は赤褐色。 正面を右折したら「火山館」がある 「ヒメシャジン?」それとも「ソバナ?」

 第2部:火山館周辺   スライドショー 

「湯の平」から流れる温泉??赤褐色の露出面が見えるが水中の鉄分が酸化した色だろう 「剣ヶ峰」

異様な色の沢・・・を右手に見ながら緩い登山路の先は、右に折れて勾配を増して行く先は多分「火山館」らしい。 斜面には「ア¥ミヤマアキノキリンソウ」の群落ら、たった一輪の「ナデシコ」がある。 茎の長い「アザミ」が見えて来た。 
「ミヤマアキノキリンソウ」 「ナデシコ」の花が出迎える 「トーミの頭」への斜面 背丈の高い「シシウド」 「オオノアザミ」

視界に二重の素朴な「鳥居」と綺麗な建物が目に入る。  ここが「火山館」・・・・浅間山に関する資料が展示された博物館?に見えた。 登山口出発から約3時間30分経過した8時20分に「火山館」へ到着。 
出発時には朝食抜きで「バナナ2本」だったので、ここの屋外デッキで朝食を摂る事にした。 管理人へデッキ使用の許可を得ようと入口ドアーを開けて挨拶。 博物館でなく、100%休憩小屋と判明・・・・。 それにしては立派過ぎる・・・・。 平成11年に新築されたと書いてある。 
浅間神社鳥居と火山館 火山館トイレ 平成11年に新装なった火山館入口と「休憩施設」の説明。 噴火の時の避難壕は地下にある 「トーミの頭」を正面に「浅間神社鳥居」「火山館」「警報用スピーカー」

ザックを下ろし、8時30分から朝食にかかる。  「パン+コーヒー+果物<キーウィー>」。  小屋右手正面には浅間山外輪山の一つの「トーミの頭」が先端部をガスに隠す様にデンと座り、この岩稜は浅間山外輪の最も南に位置する。 その岩稜線左手に針の様な鋭い岩塔が見える。 
「火山館」の傍には約10mの高さの鉄塔の先には「2個」のスピーカーはある・・・・これは浅間山危険告知用だろう。 手前には「浅間神社」の鳥居が無垢の丸太を組んだ二重の鳥居があり、小屋の左背後には質素な「浅間神社」社屋がある。
小屋の前のデッキには誰かが採取したらしい半分乾燥気味の「マツタケ」が転がっていた。 
火山館の右正面の「トーミの頭」は険しい岩塔を見せる。 予告なしの噴火で有名な浅間山の「警報用スピーカー」は危険度を暗示する。 「火山館」横の庭には「ヤマハハコ」と「シオガマギク」の混生 「火山館」は単なる休憩施設。名前とは異なる。 「マツタケ?」

 第3部:火山館〜賽の河原   スライドショー

8時50分までゆっくり休憩後、左側から裏手に続く登山路を進んだ。 少し先の原野に数株の開花した「マツムシソウ」があった。 15分後に「マルバタケブキ」と「オオノアザミ」が群生する広場に出た。 
火山館右奥にある「浅間神社」と「奉納箱」 「マツムシソウ」 「マルバタケブキ」の群生

最初の登山制限掲示板<火口から2km地区>に来た。 その周辺には綺麗なお花畑・・・が広がる。 この分岐点は「前進」すると「浅間山」へ・・・。 「左折」すると「トーミの頭」に続く。 躊躇うことなく、警告箇所を突破して前進。
この警告板を越えて前方に立派な登山路が伸びる。 多数の登山者がこの線を越える事は明白・・・・。
「オオノアザミ」群落 最初の「立入禁止掲示板」:火口から2kmの規制区域周辺の草原に群生する「オオノアザミ」「マルバタケブキ」の混合植生 オヤマリンドウ 最初の「立入禁止掲示板」:火口から2kmの規制区域

警告板を少し越えた地点で大きい「モグラの屍骸」を発見!!。 死因は何?? 「東西モグラの戦争話」を急に思い出す。 関西から東方向に進出する「西のモグラ」がやや個体の小さい「東のモグラ」を攻めて地域を拡大していると言う。 普段よく見るモグラは茶色だし、これより個体は小さいから、これは「西のモグラ」だろうか・・・・笑い!!

第1番目の警告板を過ぎて、「カラマツ」林の中を進む。 20分で第二の警告板に到着。 「左折」すると「Jバンド」に続く。 ロープがきつく張られており、「第一警告板」よりも強いメッセージを感じたが、もちろん「自己責任登山」を前面にここも突破。  今日は一人の登山者とも会わない。  月曜日・天気が怪しい・正式には登山禁止・・・の山だろうか??
火口から2kmの最初の「立入禁止」掲示板:明らかに迂回した立派な踏み跡?いや「ルート」がある 「モグラ」の屍骸
予想外に大きく、「西のモグラ」かもしれない。
火口から「2km規制」と「1.5km規制」の中間付近の草原ー>樹林帯への遷移地帯 一面に咲き誇る「オオノアザミ」の群生 第2番目の「立入禁止」掲示板:火口から1.5km。 「Jバンド」分岐

「カラマツ」の樹林帯も徐々に背丈が低くなり、疎林となる・・・とガレ場の「賽の河原」となる。  天気も愈々怪しくなり、霧雨気味となる。 ガレ場を這う様な背丈の低い「タラマツ」がなくなると、「オンタデ」と「茶色の雑草」のみの殺風気の砂礫地帯の登山路となった。 霧雨も粒が大きくなったので、「ザックカバー」取り付けて、「カメラ」をザックに収納い込んだ。

ここからは孤独な歩き難いガレ場で勾配も徐々に増す。 ガスが左手の外輪山から右の浅間山斜面を伝い巻き上がる。 視界も50m程度で不安<潜在的危険・視界不良・孤独感等>が次第に増大した。
呼吸を乱さぬ速度で辛抱強く前進・前進・・・・30分毎に2回短い休息を入れた。 
「登山規制標識」:1.5km地点。 「前掛山」まで自己責任登山地域 「湯平高原」と「賽の河原」の遷移地帯:背丈の低い若木が瓦礫に生える部分 荒地・火山瓦礫部へのパイオニア植物である「オンタデ」の花。 「賽の河原」?に入り、30度前後の右勾配のガレ地に細い茎の雑草が生え、その中に「オンタデ」が散在する。 浅間山外輪である「前掛山」へもこのルートを辿る。 ガスが濃くなり、細い雨も降り始める。

『浅間山登山:第3編』へリンク